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大阪地方裁判所 昭和43年(行ウ)754号 判決 1974年10月08日

原告 納谷和三郎

被告 生野税務署長 外二名

訴訟代理人 川村俊雄 外五名

主文

一  被告生野税務署長が昭和四一年六月一五月日付でした、原告の昭和四〇年分所得税につき、総所得金額を金八〇四、六一五円(ただし、裁決により一部取消された後のもの)とする更正処分のうち、金六七一、一三六円を超える部分を取消す。

二  原告の被告生野税務署長に対するその余の請求、ならびに被告大阪国税局長および被国に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告と被告生野税務署長との間においてはこれを三分し、その一を原告の、その余を同被告の負担とし、被告大阪国税局長および被告国との間においては全部原告の負担とする。

事  実 <省略>

理由

一  請求原因1の事実(原告の営業と本件更正処分および裁決の存在)は当事者間に争いがない。

二  本件更正処分の適否について。

1  原告の昭和四〇年分総所得金額

(一)  収入金額およびこれから売上原価一般経費を控除した金額について。

<証拠省略>によれば、原告は、昭和四〇年当時、事業に関する帳簿書類を備付けておらず、原始記録も保存していなかつたことが認められ、又本件においては、他に右各金額を実額で明らかにする資料の提出もないから、推計によりこれらを算定することは、その方法が合理的である限り許容されるといわなければならない。

そこで以下被告署長の主張2、(一)、(1) 、(2) 、(二)の推計方法の合理性について検討を加える。

右推計方法が合理性を有するためには、原告店の営業形態が通常のすし屋のそれと著しくかけ離れていないこと、別表二の各同業者につき、従事員数と収入金額との間に比例関係のあること、即ち各同業者の従事員一人当りの収入金額に著しいばらつきのないこと、および各同業者の所得率に著しいばらつきのないことが必要である。

ところで、<証拠省略>によれば、昭和四〇年当時、原告の事業には、原告とその妻が従事していたが、原告の長女始宣は従事していなかつたこと、店の広さは、二坪弱で、カウンター席が六席あるが、客筋は、昼間は、付近の公設市場へ行き帰りする女性の客がほとんで、しかも持ち帰りが多く、夜は、繁華街に客を吸収されて客足が遠のいていたこと、酒類を客に提供していなかつたこと、出前は一日平均二、三回程度であつたこと、少しでも客足を呼ぶため協定料金よりは一割程度安く売つていたこと、以上の事実が認められる。そしてこれらの諸事実の外、被告署長主張の別表二の同業者は、すべて従事員数が三人以上であり(ただし、従事員数の判明しているもののみ)、しかも五人を超えるものが三九例中二二例も存在することを併せ考えると、原告の営業は、同業者の中でも、最も零細かつ特殊の部類に属すると推認される。のみならず別表二を検討すると、従事員数と入金額との間に比例関係があるとは必ずしもいえないし(例えば従事員数一四人の二例〔別表二番号2・3〕については、収入金額に二倍以上の相違があり、従事員数三人の三例〔同表番号12・19・29〕についても、収入金額の最低と最高の間には二倍以上の相違がある)、又、従事員一人当りの収入金額は、最高が二、四二六、〇〇〇円最低が五七四、〇〇〇円で前者は後者の四倍を超え、他の例は、その間に散らばつて分布しており(一、五〇〇、〇〇〇円以上七例、一、〇〇〇、〇〇〇円以上一、五〇〇、〇〇〇円未満一四例、一、〇〇〇、〇〇〇円未満五例)、所得率は、最高が四四・六一%、最低が二七・一一%で、他の例もその間に散らばつて分布している(三五%以上一六例、三〇%以上三五%未満一三例、三〇%未満八例)のであつて、これを算術的に平均した数値を原告にあてはめることは不合理であるし、さらにすし屋がすしと共に酒類を販売している場合には売上金額に相当加算されるはずであるのに、同業者中酒類を販売している者とそうでない者との区別が全くなされていない点をも考えると、酒類を販売していない原告に右数値を適用することの不合理性は一層明らかである。

以上検討したところによれば、被告署長の主張する推計方法は、前記推計の合理性の要件を充していないから、到底採用できない。

そうすると他に合理的な推計方法の主張立証のない本件においては、右の各金額について、被告署長の立証がないことになるから、弁論の全趣旨によつて認められる原告の異議申立時の主張金額である別表一、B欄<1>、<2>の各金額をそれぞれ収入金額、およびこれから売上原価、一般経費を控除した金額として認めるほかはない。

(二)  特別経費(家賃)について

弁論の全趣旨によれば、原告が異議申立の際に主張した家賃一二〇、〇〇〇円のうち、事業用部分はその半分にあたる金六〇、〇〇〇円であると認められる。

(三)  専従者控除額について

前示のとおり原告の長女始宣は、事業専従者ではなく、又<証拠省略>によれば、原告の妻は所得税法五七条二項(昭和四〇・三・三一法律第三三号)にいう控除対象配偶者であるから、右両名については専従者控除はないことになる。

(四)  以上によれば、原告の昭和四〇年分総所得金額(事業所得の金額)は、別表一、C欄のとおり、金六七一、一三六円となり、本件更正処分は、右金額を超える部分につき、原告の所得を過大に認定した違法がある。

2  手続的違法の主張について

原告は本件更正通知書に理由の記載を欠く違法があると主張する。しかし、原告が白色申告者であることは当事者間に争いがなく、白色申告者に対しては更正の理由付記は法律上要求されていないから、本件更正通知書に理由の記載がないことは何ら違法事由とはならない。

請求原因2、(二)、(2) の調査方法の違法および他事考慮の主張については、これを認めるに足りる証拠がない。

したがつて、手続的違法の主張はいずれも採用できない。

三  本件裁決の適否について

被告局長が原処分庁たる被告署長に対し弁明書の提出を求めなかつたことは、被告局長の自認するところである。しかし、審査手続に関して現行の国税通則法九三条のような規定のなかつた本件裁決当時においては、審査庁が処分庁に対し行政不服審査法二二条により弁明書の提出を求めるか否かは、審査庁の裁量に委ねられていたと解すべきことは、同条の文理上明らかであり、本件において被告局長が弁明書の提出を求めなかつたことが裁量権の範囲の逸脱ないし裁量権の濫用であると認むべき何らの事由もない。

又、弁論の全趣旨によれば、被告局長は、原告から処分の理由となつた事実を証する書類の閲覧請求があつたのに対し、本件更正処分および加算税の賦課決定決議書、本件異議申立決定決議書の閲覧を許可したことが認められるが、本件では、これ以外の書類が、原処分庁から被告局長に提出されていなかつたことを認めるべき資料もなく、被告局長において、原処分庁に不提出書類の提出を要求して原告に閲覧させる義務もない。

したがつて、本件裁決に何ら違法はない。

四  被告国に対する囲家賠償請求について

前示のとおり、原告が、昭和四一年一〇月二一日、審査請求をしたのに対し、被告局長が昭和四三年四月二六日、本件裁決をしたことは当事間に争いがない。この事実によれば、審査請求から裁決までの期間は約一年六か月であるが、同被告が、同種事案を大量的に処理しなければならないことを考慮すると、この程度の遅延をもつて、直ちに原告の速やかに行政救済を受ける権利が侵害されたとはいい難いうえ、原告の被つたとする損害についても具体的な主張、立証がないから、原告の右請求は理由がないというほかはない。

五  以上説示したところによれば、原告の被告署長に対する請求は、総所得金額六七一、一三六円を超える部分の取消を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の部分は失当であるからこれを棄却し、被告局長および被告国に対する請求は、いずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法九二条本文、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 下出義明 藤井正雄 石井彦壽)

別表一、二<省略>

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